浜野 久美子先生
関東労災病院 糖尿病内分泌内科
 

日本における糖尿病の管理 – 患者はより重要な役割を果たすことができるか?

KEY TAKEAWAYS

  • 糖尿病の効果的な管理には、疾患認知度の向上、健康的な生活習慣の促進、そして合併症を最小限に抑えるための予防戦略が必要です。
  • 糖尿病患者では、早期から定期的にNT-proBNPを測定することが心血管疾患をより効果的に管理するのに役立つかもしれません。
  • 診断法の革新と個別化された患者ケアを組み合わせることで、糖尿病患者の転帰の改善に役立つ可能性があります。

糖尿病は、何百万人もの人が罹患している世界的な健康問題です。 2021年の国際糖尿病連合(IDF)の報告では、糖尿病の有病率が急速に上昇しており、世界中で5億3,700万人(10人に1人)の成人が罹患していることが示唆されています。 2045年までに、7億8,300万人(8人に1人)の成人が糖尿病に罹患すると推定されています1

近年、日本では糖尿病が急速に増加しています。 IDFの2021年の推定によると、日本の成人1,100万人が糖尿病に罹患しています。 糖尿病の有病率の高さは、著しい経済的負担を招いており、生活習慣の変化と寿命の延伸に起因するものだと言えます2,3

この記事では、日本の関東労災病院の糖尿病専門医である浜野 久美子先生による、より良い転帰のために患者と臨床医が協力して果たすことができる役割に関する見識とともに、日本の糖尿病の現時点でのシナリオを浮き彫りにします。

日本における糖尿病 – 現状を評価する

日本では、高齢化および肥満が糖尿病の有病率上昇の一因となっています。 なかでも、急速な人口の高齢化は重大な懸念事項であり、疾病管理を難しいものにしています4

疾病管理を除いても、日本で糖尿病がもたらす経済的影響は大きく2018年度には、糖尿病の医療費が日本の総医療費の2.8%に相当する1.21兆円に達しました。 未治療の患者、治療脱落例、糖尿病の合併症の治療費が、医療費の増加の一因となっています5

日本で糖尿病による負担が増している理由は何か?

食事の欧米化は、日本人が2型糖尿病を発症しやすくなっている主な理由であると言われています。 従来の日本食は低脂肪分・低カロリーを含んでいますが、人々の好みが加工食品、特に動物性脂肪が多く高カロリーの食品に変化したことによって、腹部肥満が増加し、結果的に2型糖尿病につながっていると報告されています4

糖尿病では一般の人の認知と教育が重要であるものの、日本の糖尿病患者向けの標準的な糖尿病教育支援ツールは不足しています。 これと並んで、一般の人々は時間が無く、強い関心を持っていないことや、この疾患に伴うスティグマがさらなる障壁となっています。 会社員や地域住民を対象とする糖尿病スクリーニング検査が日本では定期的に実施されている一方、スクリーニング後すぐに治療するためのシステムがまだ整備されていないため、最も重要な時期に治療を提供できず、合併症が起きています6,7

日本における糖尿病管理 – アンメットニーズ

糖尿病の初期は無症状であり、人々は多くの場合、定期健診を受けようとしません。 その結果、日本では、中年期の人々に診断が下され、結果として治療が遅れることとなります。

2つ目の問題は人口の高齢化です。 高齢化の加速に伴い、日本では高齢者である糖尿病患者の数が増加し続けています。 高齢人口では、疾患が進行しており、治療により通常は十分な効果が得られません。 高齢者は、糖尿病以外にも複数の健康上の問題を抱えている可能性があるほか、認知機能を低下させ心血管イベントのリスクを高めかねない重度の低血糖にもなりやすいです8

多剤併用も問題となっています。 糖尿病とその合併症の管理は、複数の薬剤を薬剤レジメンに追加することにつながる場合があり、多剤併用の一因となっています。 日本では、2型糖尿病の入院患者の約65%が、6種類以上の薬を併用しているとの報告があります。 多剤併用は、薬物相互作用、有害事象、および服薬アドヒアランス低下のリスクの上昇を招き、いずれも患者のQOLに悪影響をもたらしかねません9

糖尿病に対する患者中心のケアについて言えば、さらに多くのことを行う必要があります。 浜野先生によると、日本では、診療所は通常多忙であり、患者ごとの問診とさまざまな身体検査に十分な時間が割り当てられていません。

現状を改善するための戦略

糖尿病の有病率の上昇を抑制するには、効果的な予防戦略を実施すること、主として糖尿病のリスクが高い患者をスクリーニングすること、認知度を高めること、そして健康的な生活習慣を促進することが必要です。

糖尿病をスクリーニングするための政府の取り組み

2008年4月、日本の厚生労働省は、メタボリックシンドロームを特定の対象とする全国的な健康スクリーニングおよび介入プログラムを導入しました。 このプログラムには、40~74歳の本人またはその家族を対象とした、腹部肥満および心血管代謝リスク因子に着目した年次健診(健康保険制度下で受けられる主な診療として保険適用となるもの)が含まれています10

このプログラムは腹部肥満の大幅かつ持続的な改善と、メタボリックシンドロームの改善をもたらしましたが、浜野先生によると、このような全国的なプログラムは、人々に糖尿病を予防する動機付けがなされていないため、2型糖尿病を減少または予防する上で十分ではないとのことです11

患者の役割に関する評価

糖尿病は生活習慣に関連する疾患であるため、教育が重要です。 糖尿病患者が、本疾患の性質、治療、リスク因子、合併症について知ることは極めて重要です。 適切なタイミングで糖尿病をコントロールするための糖尿病に対する教育と知識により、合併症の可能性を最小限に抑え、罹患率と死亡率を低下させることができます12

浜野先生によると、教育は学校でかなり早い時期に始める必要があるとのことです。 食事の変化、栄養、および身体活動に関する日本の若者を対象とした教育的取り組みが優先されるべきです。

患者も、自身の糖尿病のモニタリングにおいて重要な役割を担っています。 糖尿病の自己モニタリングは、糖尿病管理、特に慢性合併症の予防に有用となります。 しかし、日本では血糖モニタリングへのアクセスに問題があり、すなわち、血糖モニタリングのほとんどは保険診療の範囲のみで実施されていると浜野先生はいいます。 そのため、患者は自身の疾患を管理するためのリソースが非常に限られています13

問題をさらに複雑にしているのは、日本の患者が意思決定プロセスにほとんど関与していないことです。 自身の疾患に関する科学的知識の不足により、多くの場合に患者は有害になりかねない誤った判断を下してしまうかもしれません。 疾病管理への患者の関与を深めることが非常に重要です。

糖尿病の管理における臨床医の役割

2型糖尿病においてバイオマーカーが心血管疾患管理に果たす役割

2型糖尿病患者は、心血管疾患を発症するリスクが著しく高まっています。 心血管バイオマーカーは、2型糖尿病患者の予後を判定するのに有用なツールであり、治療作用機序の解明に役立つ可能性があります。

2型糖尿病では、ストレスを受けた心筋細胞から放出されるN末端(NT)プロホルモンBNP(NT-proBNP)が、心不全の診断および心血管系の有害事象と強く関連しています。 CANVAS試験では、2型糖尿病患者における心血管疾患の発症リスクを特定する際のNT-proBNPの使用に焦点を当てた検討がされています。 2型糖尿病の患者は、特にNT-proBNPの血中濃度が上昇しているときに、心不全などの心血管イベントのリスクが高くなるが、カナグリフロジンの投与によりこのリスクは低下します。 PONTIAC試験では、NT-proBNPは心イベントのリスクがある糖尿病患者を選択するための優れたマーカーであると結論付けました。 NT-proBNP濃度を用いた患者の事前選択も、複数の薬剤による強化療法からベネフィットが得られる糖尿病患者の特定に役立つ可能性があります14,15

日本循環器学会日本糖尿病学会による2021年のコンセンサスステートメントでも、2型糖尿病患者での心血管疾患の診断におけるバイオマーカー測定の重要性が強調されています16

NT-proBNPを用いた2型糖尿病の心血管疾患リスクの特定 – 浜野先生の臨床診療

心不全症状は初期段階では隠れた状態となっています。患者には大抵の場合、主観的な愁訴があるが、老化や単なる疲労であると混同している可能性があります。 したがって、初期の心不全の診断は遅れることが多いです。ナトリウム利尿ペプチドなどのバイオマーカーは感度および特異度が高く、これらのバイオマーカーを測定することが、心不全を他の疾患と鑑別するのに役に立ちます。 浜野先生は、 2007年以来、NT-proBNP測定を通常診療に使用しており、 2型糖尿病患者、主に10年以上罹患しており、心血管リスクが確立された患者に対してNT-proBNPを測定しています。

浜野先生によると、NT-proBNPの定期検診を早期に開始することは、心血管疾患のより効果的な予防に役立つといいます。 2型糖尿病と診断されたときに少なくとも1回は測定するのが望ましいが、これは、2型糖尿病と診断されるかなり前から糖尿病を有していた可能性があるためです。

通常の臨床診療でNT-proBNPを測定することも、無症候性虚血の検出および救命に役立ちます。 浜野先生によると、NT-proBNPの測定は、三枝疾患を有する患者などの高リスク患者を特定する上で有用であり、適切な時期に循環器内科医へ紹介することで多くの命が救われているとのことです。

診断法の革新により、患者を医療の中心へ導くことが可能

診断法の革新により、患者を医療の中心に導くことができ、糖尿病などの疾患を抱えて生きる人々の臨床転帰を改善することができます。 こうした革新は、若年世代に有用であり、将来は主流となるかもしれません。 糖尿病を管理する際は、患者ケアの個別化が重要です。すなわち、患者の生活習慣、心理状態、教育、経済的水準、および社会的背景を常に考慮しなければなりません。

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