Dr Rudolf de Boer
Cardiologist and Head Experimental Cardiology, Groningen
 

心不全におけるバイオマーカーの役割

KEY TAKEAWAYS

  • ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)は心不全の強力なサロゲート・エンドポイントです。
  • PARALLAX試験では、サクビトリル–バルサルタンをRAAS(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系)阻害薬と比較したところ、主要評価項目であるNT-proBNP値に低下が認められました。
  • バイオマーカーは、遺伝子パラメータおよび臨床パラメータとともに、駆出率の保たれた心不全をサブフェノタイプに分類するために使用でき、各表現型を標的とした治療を可能とします。

Q2.心不全(HF)のバイオマーカーに関して、ESC 2020ではどの話題が注目されましたか。

現在、循環器学をはじめとする多くの分野で最も競争が激しい研究の1つに、大規模データ、人工知能または機械学習に基づくアルゴリズムの活用があげられます。そこでは人目を引く多くの言説が飛び交っていますが、基本的にはすべて同じ原理に集約されます。医師、看護師、医療従事者は、基本的に毎日、個々の患者の多くのデータを収集します。また、今日では、これらのデータを電子カルテに入力することも多くなりましたが、そこから得られるものはさほど多くはないのが現状です。

テクノロジーの発展はだれの目にも明らかですが、テクノロジーに関心を持つ医師のなかにも、こうしたデータを取り出して、ある患者にどのような表現型が発生する可能性があるか、特定の患者に特定の医薬品が有効である可能性はどのくらいか、または特定の医薬品によって特定の有害な副作用が発生する可能性はあるのかを知ることができるように、データを活用しようと試みている方がいます。バイオマーカーは、繰り返し測定され、疾患の重症度によって変動するため、人工知能アルゴリズムにとっておそらく不可欠で非常に重要な一部をなすものと考えています。つまり、患者が悪化した場合は、おそらくは1つか2つあるいは3つのバイオマーカーが、その作用はどうあれ上昇または低下し、改善した場合には元に戻るということです。こうしたパターンを用いることは、新しいアルゴリズムの発見と創造、また個々の患者における投薬レジメン、診断アルゴリズムおよび予後予測の最適化を行う上で、非常に有望であると考えています。

Q1d.多くの心不全を対象とした試験では、評価項目として、また治療モニタリング用としてNT-proBNPが用いられています。  臨床試験および臨床診療の観点から、バイオマーカーの役割は今後どのようなものとなるでしょうか?

現在の心不全試験の大半は、NT-proBNPを組み入れ基準に採用しています。その理由の1つは、NT-proBNP高値が予後不良と明らかに関連していることが知られているためです。つまり、NT-proBNP高値を示す患者で治験をデザインすれば、治験担当医師として十分な数の評価項目を確保しやすくなり、治験の検出力を高めることが容易になります。こうした方針はある程度理解してもらえますが、一方で、そう簡単にはいかないこともあるかもしれません。中には「治験でNT-proBNPが組み入れ基準に用いられているなら、NT-proBNPが一定の値を超えた患者のみにその薬剤を使用することにします」と言う方もいるかもしれません。ですが、私はそれに同意しません。NT-proBNPは、充填状態や疾患の重症度に応じて、また日によっても、非常に大きく変動することがわかっています。したがって、重度の構造的心疾患患者であっても、ある時点では低いNT-proBNP値を示す可能性がありますが、それでもその患者は大半の心不全治療薬に適応があると言えるでしょう。

評価項目に関しては、NT-proBNPが心不全の最も直接的かつ強力なサロゲート・エンドポイントの1つであるという非常に強力なエビデンスがあります。ある薬物でNT-proBNPが低下すると、ほぼ常にハードエンドポイントの減少と解釈されます。ガイドラインやガイドライン委員会、さらに規制当局でも、こうした知識について、実際にガイドラインに取り入れることとの間にギャップがあります。つまり、ガイドライン委員会および規制当局は依然としてハードエンドポイントを大きく重視する傾向があり、基本的にそれが心不全などの特定の疾患にどの薬剤を推奨し、登録することができるかを決めるための唯一のパラメータとなっています。小児心不全やアミロイドーシスなどの例数が少ない疾患では、疾患サブセットがさらに少ない場合、バイオマーカーがハードエンドポイントの正式な代用として認められることもあります。しかし、駆出率低下を伴う心不全(HFrEF)、駆出率の保たれた心不全(HFpEF)、心筋梗塞(MI)後心不全などの大規模なサブグループやサブフェノタイプでは、ガイドライン委員会も規制当局も依然としてハードエンドポイント試験の実施を要求していると考えます。

Q2a.PARALLAX試験とHFpEF患者におけるARNiの効果について、どのようにお考えでしょうか。HFpEFにおいてバイオマーカーにはどのような価値があるでしょうか。

PARALLAX試験は、Hot Linesで発表されたうち、非常に興味深い追加の試験の1つでした。昨年のESC 2019では、駆出率の保たれた心不全患者を対象に、ARNiサクビトリル–バルサルタンとバルサルタンを比較したハードアウトカム試験であるPARAGON-HFの発表がありました。この試験では主要評価項目にわずかに達していませんでした。P値は0.06でしたが、実際には有意な効果を示すためのイベントがわずかに不足していました。大変有望ながら、同時に残念でもありました。

PARALLAX試験はそれとは多少違っていましたが、治療への割付けは似ていました。こちらでも、サクビトリル–バルサルタンをRAAS阻害薬と比較していました。ただし、バルサルタンだけに限定せず、バルサルタンやエナラプリルまたはその他の薬剤のいずれかとしていました。これは実際の治療により近いものとなっていました。エビデンスに基づくものではないものの、実際には80%前後という高い割合のHFpEF患者がRAAS阻害薬による治療を受けているからです。

治験担当医師は、半数の患者に何らかの薬剤を投与し、残りの半数にはサクビトリル–バルサルタンを投与するとされていました。この試験はハードエンドポイント試験ではありませんでした。追跡調査は24週間のみで、主要評価項目は12週間後のNT-proBNPでしたが、QOLや運動能力に関連する多数の副次評価項目が設定されていたことから混合型の試験でした。

ただし、アウトカムは全体として肯定的で、さまざまなアウトカムが入り混ざることはありませんでした。主要評価項目は、サクビトリル–バルサルタン投与を受けた患者における、標準治療と比較した時のNT-proBNPの低下でした。QOLに一過性の有益な効果が認められる例がいくつかあり、12週間後に患者の体調が改善しましたが、24週間後くらいには効果が消失しました。また、心不全による入院や心血管死などのハードエンドポイントが、探索的評価項目としていくつか設定されていました。これはPARAGON試験と同じ評価項目であり、サクビトリル–バルサルタンによって効果的かつ有意に減少していましたが、例数が少なかったために、探索的評価項目となっていました。

私としては、HFpEFにおけるサクビトリル–バルサルタンの試験は終わりにすべき時期ではないかと考えています。すでに2つの大きな試験が行われているわけで、心不全コミュニティとしてそれをどのように活用するかを考えるべきです。問題なのは、RAAS阻害薬による基礎治療は成績は良好であるものの、治験でのアウトカムについては境界域の有意性にとどまるのが常であったために完全に推奨されたことがなく、そうした状態のまま使用されていることだと感じています。今では、さらに優れた別の治療法を使えるようになっています。当然ながら、真の比較はサクビトリル–バルサルタンとプラセボの比較でしょう。それがHFpEFに対するエビデンスに基づく治療であるからです。しかし、このような試験が再び実施されることは絶対にないと考えます。つまり、以上が現在得られている知見ですが、いくつかのサロゲート・エンドポイントに関しては、サクビトリル–バルサルタンが他の薬剤よりも優れていることを示す非常に説得力のあるデータになっていると考えています。

PARALLAX試験の主要評価項目はNT-proBNPの低下でした。HFpEFではNT-proBNP値はそれほど上昇しない傾向がありますが、それにもかかわらず低下が認められた点は重要です。これは、疾患の重症度や、うっ血および心筋伸展の発生率が効果的に抑えられたことを示す強力なシグナルです。次に別の質問「バイオマーカーを使ってHFpEFで何をするのか?」に回答します。駆出率の保たれた心不全は、今ちょうど注目されるようになってきたと感じています。有意性が境界域または中立であったすべての大規模治験で、この疾患は実際には1つの疾患ではなく、様々な疾患の集積であることが示されています。そこには高血圧性心疾患の患者や腎疾患の患者がおり、肥大型心筋症が隠れている患者やアミロイドの患者がいるかもしれません。あらゆる種類の原因があり得るわけですが、私たちが現在バイオマーカーと他の遺伝子パラメータや臨床パラメータを用いて検討しているのは、駆出率の保たれた心不全をどのようにして適切に各疾患に分類するかです。それぞれの疾患ごとに適した治療を実施できる可能性がありますが、一番良い例がアミロイドでしょう。5年前、アミロイドはまだ駆出率の保たれた心不全のスペクトラムに含まれていましたが、現在では別の疾患とみなすべきと認識されています。疾患として異なることもありますが、それ以上に重要なこととして、アミロイドには極めて有効な治療法があるためです。駆出率の保たれた心不全のスペクトラムには、そこから識別して標的治療で治療できるサブフェノタイプがさらに存在すると確信しています。最終的には、もはや分類することができない特定のグループ、つまり主要なドライバーが存在しない本当の集積であるグループが残ることになるでしょう。そのグループについては、診断や治療が極めて困難であり続けるのではないかと思います。しかし、スペクトラムから識別してより良い治療ができる他のグループがあることについて、私は前向きに捉えており、バイオマーカーはその際に非常に重要な役割を果たすと考えています。心筋細胞バイオマーカー、細胞外マトリックスのバイオマーカー、併存疾患のバイオマーカーなど、多くのバイオマーカーがあります。これはとても重要なことです。繰り返しになりますが、近い将来、少なくとも2つか3つあるいは4つのサブフェノタイプが、最新の技術を用いることで識別されるのではないかと考えています。

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