Q1:持続的なST上昇が認められない患者における急性冠症候群の管理を定めた2020 ESCガイドラインの循環器バイオマーカーに関する重要な変更点はどのようなものですか。
現在では、ESCが推奨する0h/1hアルゴリズムが優先的に使用されていると感じています。2011年および2015年に出された前回のESCの推奨で提案されている0h/3hアルゴリズムよりも、こちらを使用することが望ましいです。また、新しい点として、0h/1hアルゴリズムの検証済みプロトコルを使用できない場合は、ESC 0h/2hアルゴリズムをその代替として推奨しています。ただし当然ながら、ESC 0h/2hプロトコル用の検証済みプロトコルが必要となります。
もう1つの新しい点は、急性冠症候群が疑われる低リスク患者でCTによる画像検査のグレードが上がったことです。また、臨床スコア、すなわちGRACEスコアのグレードが下がりました。このスコアは過去のガイドラインで強く推奨されていましたが、現在は2Aレベルの推奨となっています。
診断と管理のアルゴリズムについては、わずかな変更にとどまったと感じています。例えば、冠動脈造影の前後における患者の観察や、侵襲的アプローチのタイミングについてなどです。この変更によって、72時間以内に侵襲的な戦略を実施することができる中間的なリスクを有する患者グループは存在しなくなりました。現在、ガイドラインでは、個々の患者のリスクに応じた緊急の血管造影または早期に予定した冠動脈造影を推奨しています。それが明確に定義された一方で、侵襲的アプローチの延期を検討するために用いられていた即時リスク因子の一部は除外されました。
Q2:最新のESCガイドラインで、0h/3hアルゴリズムよりも0h/1hアルゴリズムならびに0h/2hアルゴリズムを優先する根拠となったものは何でしょうか。
0h/1hアルゴリズムの根拠として、安全性と実用性を支持するエビデンスの蓄積に加え、多忙な救急科の混雑を解消する効果もあげられると考えます。最新のガイドラインが出されてから、オーストラリアでRAPID-TnTというランダム化試験が実施されました。この試験では、0h/1hアルゴリズムを標準アプローチである3時間と比較しています。その後、予測的バリデーションを用いた複数の観察研究に加えて、これらの研究をすべて統合した大変優れたメタ解析も実施されました。この解析では10ヵ国から11,000例を集計し、3種類の高感度トロポニンアッセイに関する情報を得ました。このアルゴリズムの陰性的中率に対する感度は極めて良好であり、30日間および1年間の安全性(マージン)も極めて良好でした。
また、2つのリアルライフ研究では、実生活における各カテゴリーへの患者の分類に非常に有用でした。ルールアウトやルールインの他、さらに検討が必要な少数の患者ではグレーゾーンと経過観察ゾーンのどちらに当てはまるかという分類です。ただし、そうした患者はごく一部です。こうしたリアルライフ研究から、該当する患者の4分の3は退院することができ、こうした低リスク患者の退院は安全で死亡率が非常に低いことがわかっています。これは混雑に悩んでいる病院にとっては大きな朗報です。患者のリスクを高めることなく救急科の混雑を解消することができるからです。ただ、詳しく検討するのは当然として、どんな患者にこのプロトコルを適用できるのか心配されているかもしれません。このプロトコルはどのような患者サブグループにも適用することができます。冠動脈疾患の既往があったり慢性腎臓病を合併している患者や早期発症者にも適用できるので、ほぼすべてのサブグループに適用できることになります。このデータが、0h/1hの推奨レベルを上げる根拠となります。
0h/2hアルゴリズムについてですが、明確にお伝えしておきますと、これはAPAC地域(オーストラリア、アジア)で確立されたADP 0h/2hアルゴリズムのことではありません。APAC地域では、大変有名なグループが非常に優れた研究を行っており、Martin Than氏によるランダム化試験も行われています。しかし、今回言及しているのはESCの0h/2hアルゴリズムです。このアルゴリズムも非常に効果的かつ安全であり、この0h/2hアルゴリズムの有効性と安全性を確認した複数の観察試験が実際にいくつかあることは、多くの方に知られていませんでした。
このアルゴリズムが0h/3hアルゴリズムと同様の安全性と有効性を備えているかはわかっていません。比較試験は実施されておりませんし、 現在、議論が行われているところです。0h/3hアルゴリズムに関しては、0h/3hアルゴリズムを重視しないこの推奨が本当に確立されたものと言えるのか、確信はありません。なぜなら、0h/3hアルゴリズムの判定カットオフが99パーセンタイル値であるのに対し、他のアルゴリズムの判定カットオフはそれより低い濃度となっているためです。こうした濃度は感度と特異度が最も高くなるように最適化されていますが、必ずしも生物学的に妥当とは限りません。99パーセンタイル値は心筋障害と梗塞の定義に相当する生物学的な値であるため、これを省略すると、梗塞の客観的エビデンスも省略することになります。本当に0h/1hのみとして良いのか多少の懸念はありますが、少なくとも高感度アッセイと迅速なプロトコルの使用を促進するのに役立つと考えています。