National Heart Centre of SingaporeのSenior Consultant Cardiologist兼Principal Lead of Clinical Trials & Trial NetworksであるProf.Carolyn Lamが、現在使用されている従来の心不全診断ツールに対し、人工知能(AI)がどのように支援し、正確かつ適時に診断を行え、将来の診断戦略を補強しうるか共有します。
心不全に立ち込める「暗雲」の実態について
世界中で6400万人を超える方々が心不全に罹患しています。本疾患による負担は非常に大きく、心不全は高齢者の入院の要因として最も多く、年間あたりの費用は1080億ドルに上ると推定されています。診断の遅れや不十分な治療によって、世界的に心不全による入院負担が増大しています。
心不全患者は、労作時の息切れ、脱力、浮腫などの非特異的な症状や徴候を来すため、診断が困難な場合があります。息切れでかかりつけ医を受診する65歳超の患者6人に1人が、認識されていない心不全を有していると推定されています。
心不全の診断に射し込む「希望の兆し」とは?
心不全の症状は非特異的であることが多いため、現行のガイドラインでは心不全の初回診断の際に、心機能障害の客観的エビデンスとなる、循環器バイオマーカーであるナトリウム利尿ペプチド(NTproBNP/BNP)を心エコー図検査と併せて測定することが推奨されています。
ナトリウム利尿ペプチドと心エコー検査診断ツールを完全に組合わせる試みは重要です。バイオマーカーは度々、心房細動、高齢、腎不全および肥満などの併存疾患による影響を受けやすく、結果の解釈が困難となります。また心エコー検査も、その特性として解析が困難で、画像の読影には高度なトレーニングを受けた専門家が必要であるという限界があります(しかも検査手順はマニュアル作業が多く、時間がかかり、エラーが起こりやすい)。
AIの進歩により、完全自動化された高速かつ再現性の優れた心エコー解析が実現可能になります。Madaniら(2018)は、ディープラーニングモデルにより、異なる角度からの心腔の機械的認識を用いて心エコー図を迅速かつ正確に分類することが可能となることを示しました。Zhangら(2018)は、心エコー図解釈のための概念実証(proof-of-concept)パイプラインを、画像識別から、画像のセグメンテーション、心腔の定量化および疾患の検出にまで拡大しました。Ouyangら(2020年)はその後、人の読影者と同様の精度で、左室駆出率(1心拍ごと)を予測できることを実証しました。AIソフトウェアの発展により、検査に30分かかり、超音波検査技師が250回クリックする必要があるほどの高度なマニュアル手順を伴う検査が、わずか2分、1クリックのみの完全自動のプロセスに変わりつつあります(http://us2.ai/)。
「嵐を静める」 – 理想的な診断法の組み合わせについて
循環血中の循環器バイオマーカーであるナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP/BNP)と、AIによる心エコーの解釈の組み合わせが、心不全の理想的な診断ツールです。
これまで、この2つの検査は互いに独立して実施されたため、これらの検査を組み合わせて解釈することはあまりされてきませんでした。現在は多くの病院が電子医療記録と医用画像管理システム(PACS)を結び付けており、両検査を組み合わせて解釈することができます。
AIの相乗的な使用と医師の臨床意思決定スキルにより、心不全の効率的かつタイムリーな診断が可能となります。これにより、入院および入院費用が減少、待機リストが減り、また病院スタッフおよび資源の効率的な使用が実現し、心不全マネジメントにおけるパラダイムシフトがもたらされます!
AIによって起こり得る障害は?
AIの使用により、心不全診断の状況が劇的に変わる可能性があります。AIのベネフィットを最大限に高めるには、特定の因子を考慮する必要があります。
機械アルゴリズムのエラーリスクを最小限に抑えるには、調整のための検査が必要です。生物学的多様性に対応するアルゴリズムの作成には、大規模なデータセットが必要です。この技術を確実に成功させるためには、公平なアクセス、データプライバシーおよびデータセキュリティも、審査すべき重要な因子です。
将来的には「七色のチャンス」も
AIにより、完全自動化された高速かつ再現性の優れた心エコー解析が実現しており、これは現在使用されている従来の心不全診断ツールを補強するものとなっています。循環器バイオマーカーであるナトリウム利尿ペプチドとAIによる心エコー解釈を組合わせ、医師が専門知識による意思決定を行う際に用いることで、心不全診断に変革をもたらす心不全の理想的な診断ツールとなります(画像1)。
医療AIのさらなる進歩により、人間の目に勝る疾患パターン認識を用いて、これまでになく診断/予測精度を向上させることを目的としたディープラーニングモデルの開発が可能になります。NT-proBNPおよび心エコー検査のポイントオブケア検査(携帯型スマートデバイスに携帯型エコープローブを接続して使用するタイプなど)が利用可能であれば、近い将来にはこうした新しいAI対応ツールをプライマリケアの現場で利用できるようになります。また、AIをガイドとして使用することで、トレーニングを受けていない方が心エコー画像を取得し、自動的に十分な注釈付きの報告書を数分以内に作成することさえも可能となります(画像2)。