髙田 康徳先生
愛媛大学大学院医学系研究科 分子・機能領域 糖尿病内科学講座 准教授
 

2型糖尿病患者の心不全予防に関する知見 ~JCS/JDS合同コンセンサスステートメント実践のために~

KEY TAKEAWAYS

  • 糖尿病は心不全の強いリスクである一方で、糖尿病患者の心機能低下はその多くが無症候性のため早期発見が困難です。
  • 日本糖尿病学会と日本循環器学会の合同ステートメントでは、糖尿病患者の心不全スクリーニング検査のために、BNPまたはNT-proBNPを年に一度定期的に測定することを推奨しています。
  • ナトリウム利尿ペプチドの測定は、糖尿病患者の心機能を評価するために定期的に実施するべき検査の一つです。この検査は採血のみで実施できるため、日常診療で簡単に実施することができます。
  • "糖尿病患者における心不全の早期発見・早期予防のために、BNP 40pg/mL、NT-proBNP 125 pg/mLの値が重要です。 この値以上の糖尿病患者さんは軽症の心不全である可能性があるため、SGLT2阻害薬を優先的に使用するか、心エコーなどの心臓の精査を進めることを推奨します。"

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糖尿病患者における慢性心不全に関して、現状と重要な臨床課題について教えてください。

まず、糖尿病と心不全は非常に密接な関係にございます。 スライドに示しますように、実は糖尿病は、高血圧よりも強い心不全のリスクであることが示されております。 さらにこのスライドは、日本における心不全レジストリーの糖尿病患者さんの割合を示しておりますが、どのレジストリーにおきましても30%以上の心不全の方が糖尿病を合併しております。 このように、糖尿病と心不全は非常に密接な関係がございます。 ただ、多くの患者さんが実は無症候性なのです。 私たちは、外来患者さん、あるいは入院患者さんにおきまして、全例に心エコーを施行しております。 そうすると、糖尿病患者さんの約20%に無症候性の心機能低下を認めております。 これは無症候性ですので、なかなか気付くことができないという問題がございます。 しかしながら、通常、糖尿病外来ではこのように心エコーを撮ることは恐らくないであろうし、ナトリウム利尿ペプチド、例えばNT-proBNPなどのようなものを定期的に測定することも、今ほとんど行われていないのではないかと思われます。 一方で現状では、さまざまな大規模試験から、軽症あるいは無症候性の心機能低下におきましても、SGLT2阻害薬が非常に効果があり、それによって心不全の予防ができることが明らかになりました。 ここに示しますように、心不全は、いったん発症してしまうと致死的で、予後不良の疾患です。 ステージA、Bは症状はありませんが、ステージCからは症状が出ておりますとそのまま心不全に進行して、やがて死に至ってしまいます。 そこで、先ほどのSGLT2阻害薬をステージA、Bの無症候性の段階にもし使うことができれば、心不全発症を抑制することができます。 これらの背景から、次に示しますように、日本糖尿病学会と循環器学会では、合同で糖尿病患者さんにおける定期的な心不全スクリーニング検査として、コンセンサスステートメントを発表いたしました。 このステートメントでは、年1回、胸部X線や心電図とともにBNPあるいはNT-proBNPを測定して、定期的な心不全のスクリーニング検査を行うことを推奨しております。

糖尿病患者における心不全予防の課題を、糖尿病診療の中でどのように解決できるか教えてください。

糖尿病の先生も非常に今、心不全を理解されているので、いわゆる第7の合併症として定期的な検査が行われていくのではないかと期待しております。 従来糖尿病の外来では、網膜症や腎症といった合併症については定期的な検査が行われてまいりました。 これと同様に今後、糖尿外来やクリニックにおいて、心不全について、あるいは心機能について、定期的に検査することが推奨されております。 糖尿病患者さんを診察する医師が、例えば今までは腎症や網膜症といった他の合併症については定期的な検査を行っていましたが、これと同様に心不全について、定期的に例えばナトリウム利尿ペプチドの測定などの検査を行い、先ほどのステージA、Bの無症候性心機能低下の段階からSGLT2阻害薬を投与し早期に介入すること、あるいは、もし症状が出るとステージCになりますので、この段階で速やかに循環器専門医に紹介することで、心不全の悪化を抑制することが可能になると思われます。 こういったことは今後、高齢化社会のわが国で心配されている心不全パンデミックを抑制する上でも、非常に意義が大きいかと思います。

糖尿病医にとってナトリウム利尿ペプチドの測定はどのような価値があるか教えてください。

はい。このコンセンサスステートメントは、年1回、定期的に糖尿病患者さんのBNPあるいはNT-proBNPを測定することが推奨されております。 心エコーを通常のクリニックで行うことはなかなか難しいのですが、これらの検査は採血のみですので、通常のクリニックでも容易に行えます。 特にNT-proBNPの方は通常の生化学検査と一緒に行いますので、採血管も1本で済みますし、採血量も少なくて済みます。 こういった利点があるのではないかと思います。 例えばクリニックで診察室に入ってきたときに少し動いていると息切れがしているとか、あるいは夜間に頻尿があるのは、実は糖尿病の症状ではなく、先ほどのナトリウム利尿ペプチドが心機能低下によって上がっているために夜間頻尿になっている場合もございますので、こういった症状を早く見つけてあげることが重要ではないかと思っております。 先に述べたように、実は糖尿病患者さんの一定数に無症候性の心機能低下を認めておりますので、その早期発見のためにはナトリウム利尿ペプチドを測定して、高値の場合は先ほど申しましたように糖尿病治療薬のうちでもSGLT2阻害薬を優先的に使用するという、いわゆる薬剤選択の根拠としてもこの検査は重要かと思います。 ただし、このフローチャートに示しておりますように、複数の項目が陽性である、すなわち何らかの症状がある、あるいは心電図異常、それから胸部X線の異常、そしてBNPが100pg/mLまたはNT-proBNPが400pg/mLを超えるといった場合、既に心不全のステージC、Dの可能性がございます。 先ほど申しましたように、このステージは非常に予後が不良ですので、速やかに循環器専門医に紹介する必要があります。

糖尿病医はナトリウム利尿ペプチドのカットオフ値をどのように解釈して使用するべきか教えてください。

“実際にこのナトリウム利尿ペプチドをどのように使うかということですが、このスライドは日本心不全学会が示すガイドラインです。 BNPあるいはNT-proBNP値のカットオフを示しております。 ここにあります薄いオレンジ色で示されるBNP 40pg/mL、NT-proBNP 125pg/mL以上では、既に軽症の心不全の可能性がございます。 従いまして、このような糖尿病患者さんにおきましては、早めに循環器専門医を紹介して心エコーなどの精査を進めるか、あるいは先ほど申しましたように、SGLT2阻害薬を優先的に使用することは、心不全発症予防のためにも有用かと思います。 早期発見、早期予防のために、このBNP 40pg/mL、NT-proBNP 125pg/mLを目安とすべきだと思います。”

糖尿病患者の心不全予防のためにナトリウム利尿ペプチド検査を定期的に測定すべき患者の特徴を教えてください。

“私たちは、私たちの外来患者さんあるいは入院患者さんにおきまして、全例に心エコーを行っております。 その結果から、どういった患者さんが先ほど申しました無症候性の心機能低下を起こしているかということを、通常の臨床的な症状・検査から分からないかということで、さまざまな研究を行っております。 その中で、次に示しますような臨床的特徴を持つ患者さんは、心不全のハイリスク患者さんですので定期的なナトリウム利尿ペプチドの測定が強く推奨されます。 まず一つ目は、高齢の方(65歳以上の方)です。 それから女性の方です。 それから糖尿病の罹病期間が15年を超える方。 そして高血圧、虚血性心疾患を既にお持ちの方。 それから定期の心電図で左心肥大、それから左房負荷所見がある方。 通常はサイナスなのですが、発作性心房細動の既往のある方も、左房負荷がかかっている可能性がありますので、ナトリウム利尿ペプチドを測った方がいいと思います。 それから、いわゆる脈波ですね。 PWVが非常に高値である。 大体1700を超えている方はリスクがあると出ております。 それから、CKDですね。 eGFRが60未満の方は私たちの調査でも心不全のハイリスクですので、ぜひ定期的にナトリウム利尿ペプチドを測定していただきたいと思います。 またこの心不全患者さんの特徴として、拡張不全が多いのです。 高血圧の患者さん、それからCKDの患者さん、そして動脈硬化の患者さん、この三つの状況がそろうと拡張不全の患者さんが非常に増えますので、この三つについてはぜひ注目していただきたいと思います。 さらに、この三つは通常の日常臨床でも普段から検査されていると思いますので、こういった方についてはぜひナトリウム利尿ペプチドを測定していただきたいと思っております。”

糖尿病患者においてナトリウム利尿ペプチド検査の定期的な測定の重要性について教えてください。

“糖尿病の合併症として心機能低下を見ていくために、例えば腎症でしたら6カ月に1回アルブミン尿を調べる、あるいは網膜症でしたら眼科を受診するといった定期的な検査の中に、このナトリウム利尿ペプチドの測定を定期的に入れていくことが必要だと思います。 それは二つの理由がございまして、一つはやはり急に悪くなる患者さん、特に高齢の方ですね、ハイリスクの方は急に悪くなることがありますので、通常のNT-proBNPの値を知っておくことによって急性期の評価ができるという利点がございます。 二つ目は、私はいわゆる腎症と同じような捉え方ができるのではないかと考えております。 例えば糖尿病性腎症ですと、ステージ1、2、3ということで、尿中のアルブミン量は段階的に上がっていくという評価をしておりますが、実はそれと同様なことができるのではないかと期待しております。 例えば、先ほど申しましたNT-proBNPが125pg/mLの段階からステージ2、400pg/mLを超える段階からステージ3のような形で捉えることができます。 すなわち、悪いときだけ測定するのではなく定期的に測っていくことで、連続的なNT-proBNPの変化を捉えて、悪化していることを先生のみならず患者さんも実感できるのではないかと期待しております。”

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